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社員の声
VOICE
アオノスゲタで働く社員の声を紹介します
VOICE01
数々のプロジェクトと海外赴任を経て
アオノスゲタへ
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製品部 品質保証課 シニアマネージャー
松田 隆
株式会社IHIの社員として、横浜工場に在籍していた時の役職と業務内容を教えてください
株式会社IHIには3年間在籍していました。
アメリカのGM社に納入した受注金額約150億円のプレス機械3台の仕事を担当し、最初の半年は調達部長、その後一年半は建設部長、最後の1年間はプロジェクトマネージャーとしてGM本社、納入先の3工場(北のミシガン州のデトロイト市、中部のケンタッキー州のナッシュビル市、南のルイジアナ州のシュリーブポート市)を駆け巡りました。
アメリカのGM社に納入した受注金額約150億円のプレス機械3台の仕事を担当し、最初の半年は調達部長、その後一年半は建設部長、最後の1年間はプロジェクトマネージャーとしてGM本社、納入先の3工場(北のミシガン州のデトロイト市、中部のケンタッキー州のナッシュビル市、南のルイジアナ州のシュリーブポート市)を駆け巡りました。
これまでの経歴を教えてください
- メキシコ向けコンテナクレーンのメキシコでの製作分の製作指導1年間(単身)
その後据付工事のサポート3ヵ月 - アメリカ向けのコンテナクレーンの上記と同じ製作分の製作指導(単身)
- ベネズエラ向け多目的クレーンの据付工事のサポート(家族同伴)
- トルコ・アフシンエルビスタン向けコンベア設備(鉄構物7000トン強)の現地製作分の地中海沿岸あるアダナ市の工場での製作指導2年4か月(家族同伴)
- 香港向けコンベア設備の現地補修工事の指導
- 中国大連市の工場に発注したバケット、階段/歩道/手摺等の製作指導
- ガーナ向け5台のジブクレーンのプロジェクトマネージャー
当時ユーゴスラビアだったスロベニアの会社に設計から調達、製作、輸送、据付、試運転まで一括発注した。日程・品質管理の為工場に5~6回出張 - 上記プロジェクトの2か所の据付現場(首都アクラ市とタコラディ市)確認のため2度ガーナに出張
- 台湾向けコンテナクレーン5台(お客様は3社)のプロジェクトマネージャーとして、製作工場(北の基隆市と南の高雄市)と据付現場(台中市と高雄市)を駆け巡りました
- タイのレムチャバン港に納入したコンテナクレーン6台の改造工事の為何度か現地に出張
- シンガポール初代駐在員(3年間、単身)
所属していた運搬機械事業部の仕事以外の面倒を見たのでマレーシア、インドネシア、タイ、ベトナム等各国を何度か訪問した - アメリカのGM社に納入したプレス機械3台(受注金額約150億円)の仕事を担当
- 新交通システムのプロジェクトがサンフランシスコにあったので其の為の売り込み(IHIの役員と)に行った
サンフランシスコ市の予算がなく廃案となった - 韓国のインチョン空港に新交通システムプロジェクトがありその受注活動のため頻繁のソウルを訪問した
三菱重工と一騎打ちとなったが失注 - 新日鐵大分向け橋形アンローダー2機を中国上海にあるZPMC社で製作した
製作が旨くいかず途中からプロジェクトマネージャーになり納期確保のため30人ほどの指導員を連れ工場に行ったが納期優先で品質が確保できず、据付時莫大な費用が発生した - 韓国プサンにある大鮮造船向けジブクレーンを大鮮造船自社で製作したが旨くいかず途中から製作サポートの為何度か工場を訪問した
- 中国大連事務所初代所長
(8ヵ月単身、新日鐵向け3台のプロジェクトマネージャーとなるため短期間だった) - 新日鐵大分向け2台、名古屋1台の連続式アンローダーのプロジェクトマネージャー
製作は大連市のDHI・DCW社。お客様が頻繁に工場訪問したのでその対応が大変でした。ZPMCのような品質上の問題はなかった - シンガポール向け300Tジブクレーンのプロジェクトマネージャー
製作の大部分はインドネシアチレゴンファブリケーター - 台湾台中港向け連続式アンローダーのプロジェクトマネージャー
製作は高雄市の工場 - ロシアウラジオストク市向けジブクレーンのプロジェクトマネージャー
製作は日本で行ったがお客様の社長から頻繁に製作中から現地に呼びだされた - アンゴラ向け特殊クレーンのプロジェクトマネージャー
製作は韓国の為毎月のように韓国を訪問、現地には2度訪問 - IUKのインドネシアのジャカルタ事務所を設立する準備のため何度かジャカルタを訪問した
- マレーシア向け連続式アンローダーのプロジェクトマネージャー
製作は台湾高雄市の工場。直接のお客様は韓国の現代エンジニアリングの為韓国に何回も訪問した - 台湾CSC(台湾の製鉄会社)向け橋形アンローダーのプロジェクトマネージャー
製作は台湾高雄市の工場 - バングラディシュ向け連続アンローダーのプロジェクトマネージャー
製作は台湾高雄市の工場。直接のお客様は韓国のPOSCO E&C社。コロナ発症時期なので海外出張は少なかった
これまでに造ってきたクレーンの種類を教えてください
- コンテナクレーン
- 多目的クレーン
- ジブクレーン
- 特殊クレーン
仕事をする上で、大切にしていること、心がけていることを教えて下さい
入社以来モノ作りの現場で良い製品をタイムリーにお客様にお届けする事をベースに仕事をしてきました。
具体的には、品質に関しては出来上がったものの検査も重要ですが、製作の各工程で品質を作りこむよう確認していくことを心がけてきました。
日程管理も品質と同様で、各工程でそれぞれの日程を確実に守ることが重要ですが、ある工程で守れない場合はすぐ次ぎの工程、又はその次ぐらいの工程で遅れを取り戻すよう心がけ、遅れをずるずる引きずらない事が重要です。
又予算管理ですが、調達の担当、課長、部長を務めた時期に心がけたのは、予算の根拠の確認、調達先を一社に絞らない事。
納期管理に関しては納期間際になってメーカに状況を確認するのではなく、発注後定期的に状況確認する事でした。
各レベル(役職)により違うと思いますが、調達課長時代心がけたのは課員とのコミュニケーションです。
毎朝10分程度課員とミーティングを行い、各人の仕事の状況、又体調を確認していました。
勿論朝だけでなく各人の問題点を把握し一緒に解決していくよう努めていました。
具体的には、品質に関しては出来上がったものの検査も重要ですが、製作の各工程で品質を作りこむよう確認していくことを心がけてきました。
日程管理も品質と同様で、各工程でそれぞれの日程を確実に守ることが重要ですが、ある工程で守れない場合はすぐ次ぎの工程、又はその次ぐらいの工程で遅れを取り戻すよう心がけ、遅れをずるずる引きずらない事が重要です。
又予算管理ですが、調達の担当、課長、部長を務めた時期に心がけたのは、予算の根拠の確認、調達先を一社に絞らない事。
納期管理に関しては納期間際になってメーカに状況を確認するのではなく、発注後定期的に状況確認する事でした。
各レベル(役職)により違うと思いますが、調達課長時代心がけたのは課員とのコミュニケーションです。
毎朝10分程度課員とミーティングを行い、各人の仕事の状況、又体調を確認していました。
勿論朝だけでなく各人の問題点を把握し一緒に解決していくよう努めていました。
これまで経験した業務の中で、1番面白かったことを教えてください
IHIに入社し東京第一工場の鉄構製造部鉄構一課に配属され最初の1年間は鉄構製造部の現図から始まり仮組、塗装に至るまですべての工程を1ヵ月程実習という事で、各工程でどのような事がどのように行われクレーンが製作されていくか、物作りのいろはを学びました。
その後、造船所のドックで荷役する吊り荷重300T程度の門型クレーン(通称ゴライアスクレーンと呼ばれガーダーの断面は高さ10m, 幅7m, 長さ約170mの巨大なブロック)を横浜工場のヤードを借用し連続建造(5社向け9台)する事になり鉄構四課が設立され小生も鉄構四課 に転籍となりました。
とは言え何をしてよいかわからず困っていましたが、元々大きな構造物の製作で時間もかかるので日程管理が重要な事と分かっていましたが、問題はどう管理すれば良いかです。
その時思いついたのは当時IHIの副社長だった真藤さんが造船の製作をどのように日程管理するかという博士論文です。
製造部長が入社した当時読むように言われた論文です。
溶接長を単なる長さでなく溶接姿勢別に決めたβLと言う指数を考慮した溶接長をベースに日程管理するという事です。
ゴライアスクレーンの溶接日程表は数値化された溶接長ベースに作成し日程管理を行う事にしました。
大変だったのは15~20人ほどの溶接工が行った溶接長(βL長)を毎日計測する事でした。
勿論溶接作業後行う事ですから一人で(冬場は懐中電灯を持って、雨の日は合羽を着ながら。又高所作業なので安全帯を付けながら)で毎日終わるのは19時頃でした。
結構ハードな仕事でしたが数値化された工事の進捗が目に見える形で現れる喜びの方が大きかった。
因みに毎日消化されていく溶接長はグラフ化し課長、部長が見ても一目で進捗状況がわかるように壁に張っておきました。
その後、造船所のドックで荷役する吊り荷重300T程度の門型クレーン(通称ゴライアスクレーンと呼ばれガーダーの断面は高さ10m, 幅7m, 長さ約170mの巨大なブロック)を横浜工場のヤードを借用し連続建造(5社向け9台)する事になり鉄構四課が設立され小生も鉄構四課 に転籍となりました。
とは言え何をしてよいかわからず困っていましたが、元々大きな構造物の製作で時間もかかるので日程管理が重要な事と分かっていましたが、問題はどう管理すれば良いかです。
その時思いついたのは当時IHIの副社長だった真藤さんが造船の製作をどのように日程管理するかという博士論文です。
製造部長が入社した当時読むように言われた論文です。
溶接長を単なる長さでなく溶接姿勢別に決めたβLと言う指数を考慮した溶接長をベースに日程管理するという事です。
ゴライアスクレーンの溶接日程表は数値化された溶接長ベースに作成し日程管理を行う事にしました。
大変だったのは15~20人ほどの溶接工が行った溶接長(βL長)を毎日計測する事でした。
勿論溶接作業後行う事ですから一人で(冬場は懐中電灯を持って、雨の日は合羽を着ながら。又高所作業なので安全帯を付けながら)で毎日終わるのは19時頃でした。
結構ハードな仕事でしたが数値化された工事の進捗が目に見える形で現れる喜びの方が大きかった。
因みに毎日消化されていく溶接長はグラフ化し課長、部長が見ても一目で進捗状況がわかるように壁に張っておきました。
若手の時に苦労したことと、それをどう乗り越えたのか教えてください
初めての海外出張は入社5年目にメキシコ向けのコンテナクレーンの構造物をメキシコシティ郊外にある工場で製作するので、その製作指導という事で派遣されました。
当時英語力は拙く(英検2級)、横浜勤務でしたので会社が英会話の勉強のため本牧の米軍基地にいた黒人のおばさんを紹介してくれ3~4か月(週3回)習ってからメキシコに行きましたが、工場では工場長だけは英語が分かるが工場の現場に行って指導しようにも誰も英語が分かりません。
困っていたらIHIメキシコ駐在員がスペイン語学校を紹介してくれ月曜から金曜まで毎日18~21時まで3時間勉強し始めていくと現場でも少しずつ作業員と理解できるようになりましたのでスペイン語の勉強を続けました。
スペイン語学校からホテルまで歩いて15分、晩御飯は21時半頃でしたが、結局8ヵ月間(30課ある教科書はコース1から5までの5冊で、コース1と2の2冊はそれぞれ1ヵ月、コース3から5までの2冊はそれぞれ2ヵ月ずつ)スペイン語学校に通いスペイン語はほぼ問題なく話せるようになり仕事でのコミュニケーションの問題は全くなくなりました。
当時英語力は拙く(英検2級)、横浜勤務でしたので会社が英会話の勉強のため本牧の米軍基地にいた黒人のおばさんを紹介してくれ3~4か月(週3回)習ってからメキシコに行きましたが、工場では工場長だけは英語が分かるが工場の現場に行って指導しようにも誰も英語が分かりません。
困っていたらIHIメキシコ駐在員がスペイン語学校を紹介してくれ月曜から金曜まで毎日18~21時まで3時間勉強し始めていくと現場でも少しずつ作業員と理解できるようになりましたのでスペイン語の勉強を続けました。
スペイン語学校からホテルまで歩いて15分、晩御飯は21時半頃でしたが、結局8ヵ月間(30課ある教科書はコース1から5までの5冊で、コース1と2の2冊はそれぞれ1ヵ月、コース3から5までの2冊はそれぞれ2ヵ月ずつ)スペイン語学校に通いスペイン語はほぼ問題なく話せるようになり仕事でのコミュニケーションの問題は全くなくなりました。
今後の目標や、チャレンジしたいことを教えて下さい
最近JFEからの見積関係の仕事に携わっていますが、内容的にはクレーン関係の仕事がほとんどです。
従ってこれまでのクレーン関係の知見を活かしJFEから依頼を受けた見積案件を受注できるよう積極的に対応していきたいと思っています。
一方、1946年3月21日生まれの小生にとって今一番大切なことは仕事を続けることです。
56年以上IHI、その後関係会社にいて2025年末に年齢制限で退職しましたが、幸いにも2026年2月16日から株式会社アオノスゲタに勤務できるようになりましたので、与えられた仕事に全力を尽くし、結果を出していかねばならぬと思っています。
その為には先ず健康です。
通勤時間は往復5時間かかるので通勤中電車の中(幸い座れることが多い)で休むようにしています。(たまに乗り越しますが)
また食事は重要ですので3食きちんと取るようにしています。
又適度な運動も必要ですが(若い頃はテニス、ゴルフをやったが)現状は遠距離通勤の為一日1万歩は歩いていますので問題ないと思っています。
週末は家の近くをwalkingし一日8,000歩以上歩くようにしています。
又週末はカトリック教会のミサに出席し精神的安らぎを得ています。
という事で健康維持の源であるバランスと採れた食事、適度な運動それに精神的余裕の3要素に気を付け生活しています。
今後の目標、チャレンジと言われれば、健康に気を付け今の仕事を続ける事が出来ればと思っています。
従ってこれまでのクレーン関係の知見を活かしJFEから依頼を受けた見積案件を受注できるよう積極的に対応していきたいと思っています。
一方、1946年3月21日生まれの小生にとって今一番大切なことは仕事を続けることです。
56年以上IHI、その後関係会社にいて2025年末に年齢制限で退職しましたが、幸いにも2026年2月16日から株式会社アオノスゲタに勤務できるようになりましたので、与えられた仕事に全力を尽くし、結果を出していかねばならぬと思っています。
その為には先ず健康です。
通勤時間は往復5時間かかるので通勤中電車の中(幸い座れることが多い)で休むようにしています。(たまに乗り越しますが)
また食事は重要ですので3食きちんと取るようにしています。
又適度な運動も必要ですが(若い頃はテニス、ゴルフをやったが)現状は遠距離通勤の為一日1万歩は歩いていますので問題ないと思っています。
週末は家の近くをwalkingし一日8,000歩以上歩くようにしています。
又週末はカトリック教会のミサに出席し精神的安らぎを得ています。
という事で健康維持の源であるバランスと採れた食事、適度な運動それに精神的余裕の3要素に気を付け生活しています。
今後の目標、チャレンジと言われれば、健康に気を付け今の仕事を続ける事が出来ればと思っています。
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